2018年08月20日

めざすは名脇役

実際に演技している役者さんは
どうだか知らないけれども、
これは、考え方としてのはなしで
人と対話する時に
目の前にいる人が主役、と考えてみる。
自分はその人の脇役、
そうすると
会話の歯車が良い感じにまわることが多い。

脇役は受け答えを主役にあわせるので
意識は常に『今』にある。
過去を参照しない、未来を予測しない
主役が求めるベストなリアクションをとる事が理想。

反対に主役は主張したいことを伝えるために
あらかじめ段取りがしてあったり
物語がうまく進んでいるかチェックしたり
なので
意識は『未来の予測』と『過去の確認』にある。

もし、ここに主役がふたりいたとしたら
意識される『未来の予測』がふたつあって
ぶつかってしまうかもしれない。

どちらか一方が脇役にまわるから
良い具合になる。

これって なんだか普遍的なもののような気がしたので
書いてみましたよ。


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2018年08月10日

環境とサイクル

まわりがどうなっているか
そして それをどのように感じるか
これを『環境』というなら
環境が 人の どう考えてどう動く、というのを
ほぼ決めてしまっているように思います。
何かが起きるとき、
そこに複数の人や物があると予想は難しくなりますが
それでも 起こることは
環境によって ほぼ決まってしまいます。

人が「どう考えるのか」さえも、ですよ。

私たちは自分の意思で生きて行動しています。
そのはずですが、
悪いとわかっていても正しい行いが出来ないとか、
結果的に思いもしないことになったりすることも
しばしば見うけます。

そこで ぼくなりに建ててみた仮説が

『誰も意思決定をしていない』です。

誤解のないように言いかえるなら、

「意思決定はしている、、けれども
 その意思は環境によってすでにきまっている。」

というものです。

国家レベルの戦争でも家庭内の小さなケンカでも
誰かの意思ではなく、環境が起こしているとしたら
やらかしている人に罪はないことになりますし、
実際、その人に罪をきせても
本質的には問題の解決になりません。

環境を変える努力が 
人の考え方を変えてゆく
そこから起こることを変えてゆく

そんな気がしています。

環境とは何でしょう
心地よく住める環境 豊かな心を育む教育の環境 
コミュニケーションの環境
活き活きと働ける環境 いろいろありますが
良い環境には 良い未来がつまっているように感じます。

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2018年08月07日

普通の中から答えを探してしまいがち

別に普通、普通って言いたい訳では
ないのですよ?

けれども、まぁ…

他のことはわかりませんが
美容の現場では
『ふつう』から 思いきりズレたところに
答えがあったりします、

仕事の中で
何らかの仮説を導きたいときに
どれだけ探しても
『ふつう』の中から見つけ出すのは難しい。

答えを求めているときには 
今のぞいているところが『ふつう』なのかどうかは
結構、重要なんじゃないのかなぁ

誰だって『ふつう』しか知らないで社会にでています。
これは もちろん『ふつう』です。

でも、社会にでたら『ふつう』は通用しない、って
何だか変ですよねぇ。


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