2018年10月15日

ひとのふりみて…

他人の振りみて我が振りなおせ、という言葉は
いつも意識している言葉のひとつで
ぼくのような なおすところの豊富な人間は
他人の振りこそが
本当にありがたい栄養だったりします。

今日は歯医者に行きました。
いつも担当している先生が忙しいらしく
臨時の先生に担当してもらいました。

丁寧にしていただいて
申し分なかったのですが
できあがってから
いつもの担当の先生がチェックにみえました。
そしてすぐに言った言葉が
「これでは位置が低い、高くしてください。」
ということでした。
それなりに思うところがあっての指示でしょうけど
今の出来がちょうど良いのに高くしたら、、
と ちょっと思いました。

案の定、というと言い方が悪いですけど
高くしたら違和感があって
結局 低くしなおしていただいたのです。

この出来事ってなんだったんだろな、と
帰り道考えて
そういえば
いつも担当している先生は
ぼくに『いかがですか?』ってきいていたら
二度手間にならなかったのかな?って
思いました。

お客様を待たせていて
どんなに忙しい状況でも
「いかがですか?」は忘れちゃいけないなと
じぶんに言い聞かせましたよ。


今日も、ここへ来てくださって ありがとうございます。

トップページへもどる←
縮毛矯正、ヘアカラー、エクステ、延岡市
へあーぐーぐーのブログ
posted by ぐーぐー at 21:42| Comment(0) | 気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月08日

調律師とか美容師とか師のつく仕事はみんなそうかも

さっき、『羊と鋼の森』を読みました。

ピアノの調律をやったことはないけれど
髪を整える僕の仕事は
すごく似ている、と思う。

お客様がオーダーしなくても
髪自体がどうしたいのか
教えてくれることも少なくない。
ふくらむ、はねる、うねる、つぶれる、
髪全体が調和をもとめているように感じる。
それが僕の勝手な思いこみってことも
あるけれど
オーダーをうかがってみると
髪が語っていることに あまり間違いはない。

髪の どこをどうしたら調和がとれるのかの
答えは あるようでない。
人によってそれぞれちがっていて
髪質によって、
お客様の好みによって、
仕事や生活の環境によって、
季節によって、
流行によって、
いろいろ だから絶対正しい、というのがない。
正しさに捕らわれると
いいものができないときもある。

そんなところに共感を覚えながら
調律師の物語に引きこまれました。
映画にもなってますが本もよかったです。

今日も、ここへ来てくださって ありがとうございます。

トップページへもどる←
縮毛矯正、ヘアカラー、エクステ、延岡市
へあーぐーぐーのブログ
posted by ぐーぐー at 00:27| Comment(0) | 気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月29日

戦争と差別

なんだか当たり前すぎて
意識すらしていなかったことに目を向けてみると
世の中の見えかたって
いろいろあるもんだなぁと思います。

今日、ふと思ったのは『善悪の判断』

ふだん、
目から耳から飛び込んでくる情報は
良いとか悪いとか、
好きとか嫌いとか、
無意識に善悪をつけてしまうことが多いけれども
『善』は本当に善なのか
『悪』は本当に悪なのか、と
じっくり考えてみると
善にも悪ととれる部分があったり
悪にも善ととれる部分があったりして

ただ自分が知らなかっただけ、っていうことが
結構あるようで
善悪の判断って、もうこれ必要なの?って
ちょっと飛躍しすぎた疑問まで浮かんできたり
しています。

たしかに善悪の判断を無くしたら
知らず知らずに犯罪をやらかして
しまうかもしれないし、
他人からだまされやすくなるかもしれませんね。

でも、
戦争は相手国との
善悪の判断のくいちがいからうまれているし、
差別も相手の特徴に対して湧き起こる
善悪の判断からうまれているでしょ

もしも、すべての人類が誰に対しても
乳児を慈しむような心でいられたら
戦争と差別はなくなるように思うのですが
どうでしょうね。

人の思想が進化して
善悪の判断が必要なくなったら
戦争と差別がなくなるのでは?
という仮説です。


今日も、ここへ来てくださって ありがとうございます。

トップページへもどる←
縮毛矯正、ヘアカラー、エクステ、延岡市
へあーぐーぐーのブログ
posted by ぐーぐー at 12:12| Comment(0) | 気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする